久しぶりにホモだちOursちゃんからメール。ほんでもって、お勉強頑張るのよ、いいわね。 そして、お体だけは気をつけてくださいな。 がんばれとか勉強しろとかって、たいてい人に言われるとなんかしらんが、むっか、と来るわたしなのですが、このオネェ言葉での叱咤激励は はいぃ!がんばりまっす! と、答えてしまうのでした。 おそるべし、おねぇさまのお言葉・・・ 今日の4時間の英語(!)小論文で期末試験日程はすべて終了。 残るは明日の小テスト、FLEのもうひとつの課題で、ぜんぶぜんぶおしまい。 がんばろう。心から。
夜明けの前が一番暗くなるのさ。
ポジティブ・シンキング。
その一。よりによって、小論文の試験日の朝、ひとつしか持っていない腕時計の電池が切れる・・・
二つ持っててもそうそう使う機会がなかったもう一個は去年帰国した時においてきちゃったんだよな・・・元彼が付き合ってたときに意味もなくくれたGucciは数字表記がないので一瞬今何時かよくわからなかったりするし。へんなスーパーの袋に入って渡されたので実はバッタもんなのでは、と今でも疑っている←オイ! (※彼の名誉のために:その日はみんなでバーベキューだったので汚れないようにという配慮だったらしい。一応箱には入っていてちゃんとギャランティにナンバリングもあったのですが、スーパーのビニ袋の圧倒的存在感に敗北) 大学の試験では一応携帯持ち込みはだめってことになっているのですが、4時間の時間配分は結構重要な、stratégieなので時計はあんでぃすぽんさーぶる。 大学の試験って、監視がめちゃめちゃゆるい。まー、小論文の試験なんかでカンニングは無意味な行動になるし、そもそも分野が暗記じゃなくて分析と文章クリエーション力、論証力が問われるから試験監督の先生たちは試験さえ始まってしまえば後は暇人。 さすがにライナスアンドスヌーピーの目覚まし時計を持っていくわけにもいかず。「grasse matinée(おねぼう)」とか書いてあるしね・・・(そういう問題なのか?) で、壊れた愛用montreはギャラリー・ラファイエットのいつも行く時計直しコーナーで電池交換をしてもらって今日の中世の小論文に間に合いました。よかった。壊れてなくて。 私にしては大金はたいて買ったので。でもマイナーなキャサリン・ハムネット。 その2。Dent de sagesse pas très sage ダン・ド・サジェスとは親知らずのこと。サジェスは「賢さ」を意味しますが、形容詞のsageサージュからの派生です。ちなみに、形容詞だと「おとなしい」という意味でも使われますので、あの子っておとなしくていい子だね、なんていうときにもcet enfant est sageと使われたりします。 で、私の親知らず下二本は、暴れん坊。 しかも、おととい急に左側が一時期止まっていたのびのび運動を再開することに決めたらしく、Aïeeee!!!! さらに、それに呼応したのか左の上の銀歯グループが超☆敏☆感!!で、とにかく熱が加わるだけで飛び上がるほど、その後ずきずき・・・ こりゃ、まともなご飯が食べれないやと、スープを買ってきたものの、左側にかかると即死状態なので、顔をななめにしつつティースプーンでスープをちびちび飲むという、人様が見たらそれは大笑いな状態・・・ 今朝は左のほっぺたがぷっくりと腫れてます。えーん。それでもがんばった。試験。4時間メレアガンとギュィニエーヴルのあほくさい会話を分析して5ページ書いたさ! そんなわけで、がけっぷちでinattendu(思いもよらぬ)アクシデントに見舞われつつも、なんとか生きて試験を受けに行っています。あと3日。そして、その後は必死にレポートを2日で製作し提出。 という妙なテンションなのでした。空の写真しかありません。空はいいなー。青くって。(やばい、そろそろやかん状態かも)。FIN
Aucassin et Nicolette。試験勉強
予想通り、一週間「あ」といっている間もなく過ぎる。試験は今週の水曜日からスタートしました。
Naie voir, tant n'atenderoie je mie; ains m'esquelderoie de si lonc que je verroie une misiere u une bisse pierre, s'i hurteroie si durement me teste que j'en feroie les ex mix a morir de si faite mort que je seusce que vos eusciés jut en lit a home, s'el mien non. Non, non, je n'attendrais pas tant, mais d'aussi loin que je verrais un mur ou une pierre de granit, je m'élancerais et m'y heurterais la tête avec une telle violence que je me ferais sauter les yeux jaillir toute la cervelle. Aucassin et Nicolette, XIV, GF-Flammarion, 1984, Edition Jean Dufournet. オーカッサン エ 二コレット。 12世紀の終わりから13世紀の始めの作品と思われる。「chantefable(シャントファーブル)」と呼ばれるスタイルはchanté(シャンテ。謡)とParlé : récit et dialogue(語り。物語と会話、つまりはファーブル)が交互に組み合わされていて、chantéの部分だけ見るとギリシャ悲劇のコロス(choeur)のような印象がある。次の語りの部分の要約をvers(韻文)で綴る。語りの部分はprose(散文)。 大人達に引き裂かれる若い二人オーカッサンとニコレットの恋・・・ロミオとジュリエット、ピラムとティスベのような悲劇を髣髴させる導入。 に、だまされてはいけません。フランスですから。 (ピラムとティスベもフランスですが) この頃に書かれた作品、FabliauxとかLe roman de Renartとか、こぞってロマン・クルトワ(騎士物語)をパロったものばかりで、このオーカッサンとニコレットもその仲間に入ります。 ニコレット(女)はカルタゴの王女なのですが、小さいときに異人さんにつーれられーてー、ブガー・ド・ヴァロンス伯爵に買われ(!)娘として育てられます。伯爵と長年喧嘩(戦争)をしているのがガラン・ド・ボーケー伯爵、オーカッサンはその息子なのです。 どうでもいいけど、中世の人名って半端じゃなく変な名前が多すぎる・・・ で、ボーケー伯爵は息子をだまして戦争にださせてニコレットを忘れさせようとしますが、オーカッサンは反抗。結局塔に隔離されてしまいます。ニコレットはニコレットで別の塔に養父に閉じ込められているのですが、抜け出し旅に出ます。その直前、塔の中と外でオーカッサンとの別れでのやり取りで、オーカッサンの涙の訴えが上の抜粋。 一応、ここはメロドラマな場面なのでしょうが、現代的感覚で読むと突っ込みどころ満載です。(最初のパラグラフが古フランス語、次が現代語訳) 国外へ逃亡するというニコレットに、オーカッサンは「君に最初にあった男は君を連れ去りベッドへ連れ込むだろう、そうなったら君はそいつの愛人になって僕の愛なんか忘れてしまうんだ・・・」とぶちぶち。続いて、「そんな君と再会する位なら今すぐ死んでしまったほうがどれだけましか」と、激しく愛を訴えるシーンなんですが。 嫌だ!こうなったらすぐにでも、壁か花崗岩でも見つけて僕は突進し頭から激突する!その激しさたるや僕の目玉は飛び出し、脳みそが噴出するのだ こんなこと言われて、百年の恋も冷めないっすかね・・・? その激しい一言が原因でニコレットは旅立ちを決意したのかもしれないよ・・・ まー、紆余曲折をへてハッピーエンドなんですが。 オーカッサンとニコレットが逃避行の途中で立ち寄る王国も、なかなかキてます。 女王が戦争に出かけて、王様は寝ている。 オーカッサンが様子を見に行くと、 「妊娠している」と言い張るんです、王様。 「生まれるまで寝てなくちゃだめなんだ、だから奥さんが代わりに戦争にいってるの」 この直後、王様はオーカッサンにお仕置きされます。 Aucassinって日本語で読みを書くとどうも「オッカサン」と見えてしょうがない。 古フランス語の試験勉強なので、フランス語もなんか「オェ」とか「ウェ」とかいう発音にやられておかしくなってます。語尾ツ現象もあり。 これからラテン語をやるので、発音はさらに混迷を極めてきそうでつ。
Le Résultat
セゴ vs サーコ、on a donc élu SARKO(みんなはサーコを選んだわけだ)。
なーんか、machoな国になりそだな・・・フランス。 JOUP(J'ouvre une parenthèse:毎度おなじみ、「余談になりますが・・・」) フランス人は、荷馬車騎士のDNAを受け継ぐジェントルメン(自称)をよしとする国民です。「Macho」という言葉は日本で言う「ムキムキ」でアブラギッシュなイメージとは違い、「男にそんなことができるか」とか、「あいつは女だから」とか、「お前もっと女らしくしろ」などという発言に対する反感を表現する非常にペジョラティフ(卑下)な表現なのです。 思いっきり性別をにおわせる発言をする人(主に男性の発言)に、フランス人は心もち顎を上げ、鼻でフンと笑い「マッチョ」と言います。意味はほぼ「野蛮人」とか「インテリジェンスのかけらもない低レベルな人間」に近いものがあります。肉体より、モラルに関する概念なのです。 (ちなみに、フランスに男女差別がないということではありません。隠れマッチョはたくさんいて、雇用問題にもよくなっていますがそれを公に話題にしないのは、やっぱり国や経済を動かしている人に隠れマッチョが多いんでしょう) 男性の皆さん、脳みそ「マッチョ」になっていませんでしょうか? 女性の皆さん、「あなたって筋肉あって意外にマッチョよねー」などと、フランス男には間違っても言ってはいかんです。 まりさん、だからといって女らしさの欠ける言動を注意されて「その発言、さてはマッチョだな、キサマ!!」などとチョップをおみまいしてはいけません。責任転嫁。 JFLP (Je ferme la parenthèse「余談コーナー閉めます」) 今、テレビからサーコの勝利の演説が聞こえてきますが、思わず飲んでいたかりん酒お湯割り(←風邪気味でのど痛いのです・・・)をぶはぅっと吐く発言がありました。 J'apprécie Ségolène Royal, parce que, j'aime tous les concitoyens... (わたしはセゴレヌ・ロワイヤルを評価する、なぜなら、わたしはすべての国民を愛するからなのだ・・・) フランス男のくっさい発言には完全に免疫ができていたと思っていましたが、久しぶりにむ、む、虫唾が・・・ こういうことって日本の首相にはぜったいありえないよなーあ。 そして、持ち上げているようでいてその実「セゴ、あんたはもうただの『国民』!オレ様がトップ!やーい」というeuphémique(婉曲表現)、しかもそんなこと(セゴを評価する云々)微塵も思っていないのがバレバレのサーコくん。 確かにセゴはいまいちパンチが足りない、フランス女性にしては珍しくきっつい感じが薄くて(MAM(Michèle Alliot-Marieミッシェル・アリオ・マリー、現防衛庁長官。フランスっちゅう国は女の人が強いんです)とかマリー・ルペンなんかに比べたら)、けんかしたらすぐ負けそうだし、政策もなんだか曖昧。 それに比べれば、サーコは前々からあれこれと(ネーミングやら政策の内容如何にかかわらず)自分をアピールしてきたし、外国にもマメに顔を売ってきたから、「枠」がそれなりに見えてはいる。五里霧中よりは、どっち向いているかわからない矢印でも矢印がたっていたほうが安心できるってことなのかな。 ナントはもともと左の県だから一回目の投票からセゴ派だったけれど、わたしの周りの若い人たちの話を聞いているとかるーいノリで「セゴ」と言っている子が結構いるような気がした。逆に、テレビから流れてくる青い風船を持って「ニコラ!ウェー!」と叫んでいる(心なしか若い男性が多いような・・・)あんちゃんたちを見ていると、ますますマッチョなフランスが目の前に見えるような気がしてくる。 フランソワ・フィヨンの発言、へぇと思ったのは、「フランスは前回の大統領選挙(5代目大統領選挙)から常に『contre(~に反対する)を表明するために』投票してきたけれど、今回はやっと真の『Oui』のための投票だった」 というもの。たしかに、前回はル・ペンに「反対」、ヨーロッパ憲法にも「反対」。更には今の内閣にたいしても「反対」。今回はだから疑いようのない「勝利」_?イマイチすっきりしない。ニコラに投票した人たちは、いったいどんなヴィジョンを持っているんだろう。 フランス、今後どっちへ行くのかなー? どちらにせよ、シラクと違って日本にそんなに因縁もなさそうだし、今後日本との関係ってますます薄くなりそうな予感。 更に、移民の問題とか、外国人はどんどん住みにくくなるような気がします。 ※そのあとニコラはTF1のスタジオでも「respect」だの「courtois」だのと、Kaamelotteがアンチテーゼで使いそうなボキャブラリーで勝利を語っておりました。明日は絶対ギニョールニュース(Les guignols de l'info)見よう。
Kaamelott
これぞ、フランスの笑い。
それが、Kaamelott(カームロット)。
2005年からカメラ・カフェの後番組としてM6で始まったショートコメディ。
5世紀のイングランドがまだブルターニュと名乗っていたころ。
アーサー王と、かの円卓の騎士を取り巻く物語・・・
と、言っても。
アホに磨きがかかった騎士たち、役立たずなだけでなく足をひっぱりまくる有象無象たちに囲まれた王アルチュール(Arthurをフラ語読みするとこうなります)は、円卓ではわけのわからない珍言・発言に頭を抱え、寝床ではユルくてお世辞にも美しいとは言えない王妃ギュニエーヴルとの確執に目を白黒させ、実母と姑その他の強烈なマダム軍団にうるさく「早く跡継ぎを作れ」と迫られ、「Merde! Merde! Merde!」(Désolée...)と叫ぶ毎日。さらには唯一「まともに立っている」と心を許していたランスロットが王妃と駆け落ち(王妃の場合でも駆け落ちというのか???)して、王の威厳はガタ落ち・・・
使われるフランス語はぎりぎりFamilier、ほぼvulgaire。
アルチュールを始め、本来ならばとてもクルトワ(Courtois、中世の由緒正しき王族・騎士などが守るべき礼儀を知っているもの)であるべき騎士や王族たちは「Foutre」(Faire、「やる、する」の一番下品な言い方。本来は性的な意味をもつらしい)を公的に使って会話をする。
「Mais qu'est-ce que vous me foutez ?!」
(てか、なにしやがるこのやろう?!)
エトセトラ。
実際、常用3大単語は「con」「merde」「foutre」(きゃーこの間からどうもCorにはおげれつな単語ばかりが・・・!訳は個人でお探し願います)
なにがフランスらしいかというと、Chrétien de Troyes(クレティエン・ド・トロワ)を始めとする名だたる中世の文学作品を総なめにベースにし、ものすごい詳細に調べ上げ、物語から登場人物ひとりひとりから、すべて見事にパロディに仕上げているところ。バカに力いっぱい自らを捧げるのです。
以前から何度かここにも書いたランスロットの話(荷馬車騎士)といい、突っ込みどころ満載な中世文学を思う存分にうまく使っていて、それぞれの原作を知っていると、どこがどんな風にパロディされているのかがわかってかなり面白い。
監督はAlexander Astierアレクサンダー・アスティエ(写真↑)。
彼はチャップリン並に何でもこなす。
企画・脚本・監督・音楽すべて彼。
そんでもって、彼がアルチュール王なのだ。
(ちなみに、アルチュール王の舅役(つまり王妃ギュニエーヴルの父)はアレクサンダーの実の父リオネル・アスティエ、Chevalier de la Table rondeの騎士の一人、イヴァン役は腹違いの兄弟シモン・アスティエ。どうりで顔が似てると思った・・・実際イヴァンはアーサー王の義理の弟でもあります。)
ランスロット役のThomas Cousseauトマス・クッソーはブルーの瞳が印象的なカームロット唯一のイケメンな登場人物(Livre Vではもじゃひげであまり顔がわからない・・・)なのですが、
まりお勧めはやっぱりアルチュール。
中世文学ではアーサー王は「だめんず」の代表と言われがちですが、
カームロット版アルチュールは、周りが頭のおかしい連中で固められているのですべてのボケを一身に背負い、つっこみ大王として君臨。いざとなれば行動力も勇気もあり、伝説の剣・エクスカリバーを遣えば無敵。
どこか冷めていながら、子供と大人が混じったようなきかん坊のSire(シール、「サー」のフラ語)はかっこよくはないんですが、可愛いい!
さっきアレクサンダー・アスティエが一歳しか年上でないことがわかって、結構衝撃だったのですが・・・Livre V(すでに第5期に入っています)の特別長編で久しぶりに見たら髪が伸びてちょっと男前!でした。
背景がわからないとなかなかその面白みを受け入れて貰えにくいのですが、日本でもやってくれないかなー。ていうか、生Sireを見たい(笑)!
↓4月30日にM6で放送されたLivre Vをちょっとだけ見られます。
(ただし字幕なしです・・・食卓の場面、カルメリッド王夫婦(アルチュールの義理両親、アキテーヌ公夫妻、アルチュール)