毎年このメールが来ると、 ああ今年ももうすぐおしまいなんだなぁと思います。
「お変わりありませんか。
『クリスマスシャンソンコンサート』のお知らせを致します。
私は12月23日(火、祝)14時に砂丘館でフランスの昔と現代の歌をギターで歌うことになりました。よろしかったらどうぞ。
アンリ」
一昨日、パリの最終日に初めてお会いしたMさんからいきなり電話がかかってきた。
「今、成田なの。明日新潟に行ったらみんなと会うからあなたもいらっしゃい」
それでは、と、へべれけスケジュールを調整して飲みに、じゃなかった、会いに行く。
実は、私とMさんはこのアンリ神父様にフランス語を教わった、いわゆる兄弟弟子ということが発覚したのですが、在パリ38年のMさんは気合の入り方も、冒険の仕方も、仏語学習暦たかだか7年、在仏暦5年の私にはジュピターのように見えてしまう。
他方、「97歳になるお母さんがいるから、1年に2回ベルギーに戻るだけで、それがなければ新潟にいる」というアンリさんが居て、人には呼応する場所があるんだ、と実感する。私の場所はどこなんだろう?
ナントは確かに、呼ばれたという気がする。建前はごちゃごちゃあるけれども、ナントに初めて降り立った時、「あ ここでいいんだ」と感じた。それから、そこに骨を埋めるかどうか、というのはまた一つの選択なんだけど、もっと歳を取ってからそういうことは決めてもいいんじゃないか。
アンリさんの歌声は優しくつややかで和みます。フランスの古い唄はなかなか聴けませんから、ぜひぜひどうぞ。
アンリ・ホイスゴムス シャンソンコンサート
日時 12月23日(火) 14:00~
会場:砂丘館 (旧日本銀行新潟支店長役宅) 新潟市中央区大畑町5218-1
料金:1000円
定員:50名
申し込み: 電話(025)222-2676
またはE-mail: sakyukan@bz03.plala.or.jpへ
注:会場には駐車場がありません。バス停は、『西大畑坂上』が近いです。
時間よ戻れ
夜のサクレ・クールは神秘的。
「オ・トン・プル・モワ」という言い回しがあります。
間違えた時に、「まった、今のなし!」「ごめん、間違えた!」という意味なのですが、初めて出会ったのは語学学校時代。
しかし、その時からずっと
autant pour moi !
だと思っていたのです。それにしては辞書でautantを引いても意味が出てこないので、おかしいなぁと思っていたのです。
思っていたまま、6年が過ぎてしまったのです・・・。
メール頻度の高い言葉ではなかったので、幸い(というか不幸にも)誰にも指摘されなかったのですが、先日ナントに行った時に買ったLe français est un jeu (「フランス語はゲーム」)のお陰で正確な表記を知ることになったのです。
この本はフランス語の綴りや表現の中で、いわゆる「ひっかけ」の部類に入る間違えやすいものを選択肢から選ぶというもので、私はいきなり2問目に出てきた上記の問題でやられたわけです。これがミリオネアだったら、300ユーロで終わってた・・・
正しくは、Au temps pour moi。
これはもともと軍隊用語でAu temps ! (もとい) から来ていて、直訳すると「(私のために)時間よ戻れ!」というニュアンスがちょっと魔法使いチック(?!)。
しかし、フランス人でもAutant pour moiだと思っている人が多いからこういう本で取り上げられるわけで、語学学校の先生がひょっとして間違えて黒板に書いていたかもしれないよな~と、責任転嫁。
Au temps pour moi ! と叫びたくなることは沢山してきたのですが、その言葉を口に出していた瞬間自体も「まった、今のなし!」と言わなければならなかったというのは、コルネイユIllusion comique(幻影喜劇)の世界を実体験かも~
でも早く言えば、恥の上塗りなんだけどね・・・
Corteo : Cirque du Soleil
ナント旅行の行きの飛行機の中で、寝たら時差ぼけでどうにもならなくなると思って、3月に予定しているプロジェクトの翻訳をしたり、本を読んだりして、飽きたので映画を見ることにした。あんまり面白そうなものがなかったので、とりあえず「カンフーパンダ」(日本語音声)を選んだのだけれど、結構あっという間に終わってしまう。
(トキオ山口達也の吹き替えはナイス。三輪明宏に「パンダに見える」と言われた後、このパンダ役の話が来たそうだ。オーラの泉で言っていた。)
仕方なく色々チャンネルを回していたら、シルク・ドゥ・ソレイユ「コルテオ」に当たった。
シルク・ドゥ・ソレイユ(Cirque du Soleil)は、名前こそフランス語だけれど、フランスではマイナーな気がする。
ケベックで生まれたのでフランス語劇団名なんでしょう。生みの親はGuy Laliberté (ギィ・ラリベルテ)とDaniel Gautier (ダニエル・ゴティエ)。ラリベルテはアコーディオン奏者、ゴティエは火飲み芸人だったそうです。
現在では常設小屋(ラスベガスが中心)の他、世界ツアーでスペクタクルを行い、今年10月には東京ディズニー・リゾートに東京シアターをオープン。世界各地から登録しているアーティストの数は4000人を超えているらしい。
このサーカス軍団のことは結構前からちらほら耳にしていた程度だったのですが、「コルテオ」を観てすっかりテンションが上がりました。ラスベガスの「O(オ)」を観に行きたい・・・
「コルテオ」は、イタリア語で「cortège(行列)」の意味。
道化師が「自分が死んだ夢を見た」と話し始めるところから、天が落っこちてきたように夢とも現実ともつかない不思議な世界が繰り広げられます。
イタリアらしい退廃的な闇は幻想的で、からからかうように天から現れたり、時折走り抜けたりする天使たちは荘厳、かと思えば「行列」が現れるとちょっと「ちんどん屋」のようだったり。
シャンデリアがぐるぐる回りながら上がって行って、それにぶら下がりながらアクロバットを見せる女性たちが美しい。
どういう仕掛けなのか、靴だけがトコトコあるいたりするようなちょっとゾクッとする演出が好き。
人間空中ブランコのようなアクロバットやジャグリングも文句なしに素晴らしいのです。
DVDが出ていますから、そのうちecorで上映会をやるかもしれません。
来年から日本の各地でコルテオのツアーが始まるそうです。
生で観たい~
祈り
トイレの落書きその2。 Les plus grandes douleurs sont muettes...
辛苦というのは得てして静かなものです。
本当の痛みというのは静かにやってくるものだし、
本当に苦しんでいる人は、静かに苦しむ。
誰かの「静けさ」に気づくこと。気づくことができること。
開いた一通のメールに「祈り」という言葉が何度も現れる。
Ca happe mon coeur...
fluidite
Comme la Loire...
文を書けども、下手の横好き
しゃべれども、流れは悪く
どうも、フランス語を集中的にしゃべった後に日本語の文章を書くと、節と節のつなぎがおかしくなる。
フランス語を集中的に書いた後は特に問題ないのだけれど。
たぶん、問題に気づいていないだけなのだろうけど。
まあいいや、れっせとんべ。
生徒さんたちと再会するごとに、「日常」が戻ってくるけれど、ここではあと少し、ほんの少し、旅行の余韻を楽しませてください。
今回の旅を一言で表すと「人」になる。
(-人-)ヒトねぇ・・・
なぜ人か。曰く。
新しい出会いがたくさんあったし、それが本当に嬉しい出会いだったことももちろんだけれど、それと同時に、それ程深く知らなかった方々をよく知ることができて、savoirが connaître になった。一人一人の新しい面を見ることができたのがすごく新鮮でした。あの人は、実はこんな趣味があったの!とか、この人は実はこんなにミニヨンだったんだ~とか、会話が楽しくて楽しくて仕方なかったです。
それに、もう随分知っているつもりでいたら、あらあら、それは私の作り出したイメージで、目の前の本物はもっと刺激的で面白かったり、意外だったり。だから、余計に大切になったし、もっと好きになっちゃった。
さて。
今回の旅行(に限らず毎度だけれど)で大活躍だったSちゃん。
改めて惚れ直しましたがな。
なにがって、まあ、どこまでもオテスに徹し、まかせとけ!とみんなを引き連れ、仕事をキャンセルし、さらに名演奏でみんなを唸らせ、目の下に隈を作ってドイツに発つ・・・本当に、友人として誇りの限りです。
もうちょっと、フランス語講師としての視点から賞賛させてもらいますと・・・
彼女のフランス語に、私は目から鱗が落ちました。
に、日本語に聞こえる・・・
いえ、決してSちゃんの発音がひどい日本語なまりとか、そういうわけではありません。
もう10年以上も在パリで、意思疎通に問題があるわけでもありません。100%フランス人は彼女の言うことを理解しています。
何が言いたいのかと言うと、説明するのがとても難しいのですが、彼女がフランス語をしゃべっている時と、日本語をしゃべっている時の「感覚」に、全くぶれがないんです。
彼女が
「Oui, je pensais à ça」 という時、私には「うん、そうだと思ったんだよね」と聞こえてしまうのです。
彼女に限らず、在ナント邦人の方々は皆さん普通にフランス語でしゃべるし、彼女以上に長年フランス語生活を送っているわけですが、彼らがしゃべっているのを聞いていると普通にフランス語に聞こえるのです。
こんなミステリアスな感覚は初めて味わいました。
彼女の日本語の心の声が、他の人よりも大きくてそれが私にはテレパシーのように聞こえてしまうのだろうか・・・?(それはそれで笑える)
けれど、フランス語でしゃべっている時は日本語では考えていないはずだし、いったいなんなんでしょう・・・と、一緒に居る間ずっと、実は密かにサーチしていたのでした。
これだ!という答えはいまだに見つかっていないのですが、手がかりになるものは見つけました。(ごめん、勝手にコバイにしちゃった)
Sちゃんはパリに住んでいる日本人らしからぬ(!)ところがあって、実は今も新潟に暮らしているんじゃないかと疑いたくなるような、フランスに旅行に来た日本人がほっとする空気を持っています。本人に聞いたら、それでも、昔は例の「同属差別」(Cf.パリ症候群)的な考えもあったりしたそうなのだけれど、今は本当に自然にパリの人で、日本人で、新潟の人で、Sちゃんなんです。どれもこれもが本当に自然。
そんなSちゃんの日仏語はもう完全にフュージョンしてしまっているのかもしれません。
しかも、独特のユーモアを持って、融合しているようなのです。
私は、普段考えている時や書いている時、聞いている時にはそのままフランス語にずるりと入っていけるのですが、しゃべる時は今も昔も「どっこいしょ!」とやらなければだめで、démarrerしてからもしばらくは言葉を失ったり、探したりしてしまいます。いったんモーターが回りだしたらあとは大丈夫なのですが、必ずエンジンをかける時にばすんばすんとエンストを起こす、その原因が彼女のおかげでわかりました。
常に、「正確に発音しなきゃ!」とすごい意気込んでいたんだと思います。それで却って力んでLとRを間違えたり、BとVを間違えたり(まるでファミコンのコントローラーのようだ・・・)、つっかかったり、ひっくり返ったりしてたわけです。
もっと自然に、日常でフランス語を!のスピーカーだった私が、実は一番だめじゃん!
うーん、確かに、生徒さんが面食らわないように、かなりフランス語をセーブしていたところもありました。
正しくなければ、しゃべらないほうがよいとも思ったり。でも、それではいかんのです。
そんなわけで、今後は「Travailler plus pour gagner plus*」の精神で(笑)、身体にフランス語を浸透させて行こうと決心したのでした。
* Travailler plus pour gagner plus はサルコジのスローガン。「もっと働いてもっと稼ごう」。寝言は寝て言え的。
etre
ユーロ・ヴァージョン
スーツケース行方不明、スリ、パスポート紛失、現金を落とす、迷子、喧嘩・・・
どれもなくて、無事日程をこなし帰ってまいりました。
ナントはしかし寒かった・・・歯がなる寒さ、すっかり忘れていました。
それでも、メンバーの皆さんはそんなに雨に降られることもなくて、やっぱり新潟・フランス協会には晴れの神がついています。
しかも、パリへの移動日の前日に、SNCF(フランス国鉄)のアトランティック路線で架空線の故障があり、一日違っていたら5時間はTGVの中に閉じ込められるところでした。
(でも、TGVの一部の座席がダブル・ブッキングか?!という事件はありましたが。笑)
写真を整理しつつ、ぼちぼちecorサイトのナントページを更新して行こうと思います。
今回は、住んでいた時にあえて行かなかった所を色々と回れて、すごく楽しかった!
それにしても、つい昨日も居たような不思議な感覚でした。
なかなかわかってもらえないのですが、
一種独特の浮遊感というか、ここに居るようで、ここに生きていないような、時空に縛られていない、そんな感覚です。
これは、新潟に居ても同じで、今、ここで生活をしているけれど、なにか現実感のないような、遠いような、そんな感じにふと陥ることがよくあります。
頼りないか、と言えばそうではなくて、むしろ、土地に囚われることはないとわかって、気楽で居られるから楽しい感じ。ラリってる、とも言えなくもない。
「なんかね、ナントと新潟、どっちも自分にとって嘘っぽい、リアルじゃない感じがするんだよね」
と、ナントのO兄に話したら、
「それって、逆なんじゃないの?両方とも自分にとって真実なんじゃない」
と言われました。
確かに、そうかも・・・。
結局、自分の感覚を通してのみ私達は世界を知ることができて、その「私というフィルター」を通すことで「100%ピュアな真実」というものはなくなる。たったひとつだけを「正しい」と言いたくなるけれど、あれもこれも、「正しい」・・・。
ナントから引き上げてくる時、知らないうちに、「これから私が生きる場所は(今のところ)新潟で、ナントではない」と、どこかで決めつけてしまったのかもしれない。そんなことする必要なかったんだ。
今回の収穫。量にしたら意外にそれほど多くなかったかも、と言ったら、色々な人から突っ込まれそうな気がします。本でもチラシでも、最近は常に「あ、これ教材に使える」と見てしまうのですが、それでも趣味のものをたくさん手に入れてにこにこしています。
これからのe-corで使うものとしては、
映画「奇人たちの晩餐会」
ノーベル賞作家のもの、ということでル・クレジオの短編
そして、文学を通したフランス語学習用の教材(初級・中級・上級)を手に入れました。この教材は、大学に居た時から目をつけていたのですが、中世から現代まで様々な文学の抜粋を取り扱っている優秀なものです。
来月で一周年を迎えるにあたって授業内容も少しシェープアップしてパワーアップします。
A suivre...ア・スウィーヴルということで、お楽しみに!