ぞうがとおるぞう。
生きてます、生きてますよ。
しかし、限りなく「まり は ちからつきた」に近い状態です。
(こういう時、クリティカル・ヒットが出たりもするのだけれど)
なんか、とにかくサルタンの象だらけなんです。別に、ロワイヤル・ド・リュクス特集ではないのですが、なんか、象がね・・・。
新潟にも象がこないかなー・・・
と、締め切り前に例によって逃避活動中。
r e p e r c u s s i o n
あまいんだ、これが。
甘味ドーピングでもしてるんじゃないか、という甘さ。
『エピクロス』の反動で、フランスからちょっと離れたい気分。。。
とかいいながらも、半日いい教材を探したりして。
自家中毒みたいなもんでしょうか。
金曜日、やすらぎ提でヨーガをやって思いっきり焼けました。
開放感は癖になるけど、あつい。
早朝だともっと気持ちいいかも。
それにしても、こういう時、違う世界にひっぱってくれる友達の存在はありがたいです。
卒業して10年以上も経ってから再会できた友達、やっぱり縁ってあるなー。
高校の時から「大人」で、いつもすごいなー、いいなーと思っていたけれど、
本物の大人(?)になっても、やっぱりまろやかで、素敵だったSちゃん。
会えてよかったー!
ずっと、「自分が何かになれば、確固たる『私』を見つければ、崩されたりしない、安心できる」
と思って走ってきたけれど、
誰かがやっていることを「大変だったね、がんばったよ」と認めて声をかけることのほうが、何かができる、能力があるということよりずっとずっと大事なんだと気づかされました。
考えてみたら、周りには必ずそういうほとけさまみたいな人がいたんだな・・・。
「居てくれて、ありがとう」
To the happy fastidious epicures
Le couvert.
最初で最後?!の『晩餐会』、La table d'Epicure(エピクロスの食卓)。
ここはホテル・オークラ新潟 15階 スターライト。
NHKのフランス文化講座、Passion! Franceの締めくくりは豪華な現地講座でフランス料理の基礎知識を学びつつ、コース料理を頂きました。
久々のExposéだったので、とても面白かった!資料を読み漁るのに1週間、プランで1週間。
それにしても、フランス料理っていうのは面白いエピソードが多いです。
参加者Aさんも言っていましたが、ひとつのエピソードだけで一回分の講座が作れる位です、ホント。
料理の方は、今では普通に食べられないようなメニューばかり。
スターライトの方々、本当にありがとうございました。
なのに、写真を撮り忘れた・・・Je suis BETE comme mes pieds !!!!
メニューだけでも、おすそ分け致します
コンソメ・ミカドは、余計なものが一切入っていないストイックなスープで、感動でした。 (最近、スープ熱上昇中) 本日多忙なりで、夜は移動後初授業のアトリエDELF。今日は、ラブレターの書き方?!と、「別れてやる!」のアデューレターの二つでした。「男はみんな卑怯者よ!!」と激しい筆圧のベルナデットさんの手紙を参考にするような日が来ないことを願うばかりです(笑)。
〆切間近
素人は、手を出しちゃぁあぶねぇよ。
昨日、メントレGの「呼んじゃった」に出ていたチェックの上下の芸人さんが、めちゃくちゃ面白かった・・・誰だったんでしょうか、あのチェックの人???久々に涙を出して笑った。
大学時代の小論文提出前の悪夢を彷彿とさせる状態に陥っています。
たまに、私はエブリタイム・ポジティブ・シンキング人間だと勘違いされることがあるのですが、
いえいえとんでもない、今現在のような時には必ず
「やらなきゃよかった・・・」
と自分の軽々しさを恨めしく思う、バック・ステップでゴー人間なのです。
なんで、ルーみたいな喋りなんだ今日は?
ま、いいや。
とにかく、うかつにフランス料理ワールドにネックを突っ込んで、抜き差しならないことになっています。
木曜日までは、なぜかキュイジーヌ・フランセーズの真のクォリティを広めるなぞの伝道師として、もさもさ動いています。
おかしいなー、和食のほうが好きなんだけど・・・
只今、うだうだ期
カサブランカだけどピンク。
お知らせ。
6月から始まったe-corフランス語コミュニケーション教室の中級クラス アトリエDELFの曜日が変わります。
6月第3週より、
毎週木曜日 19h00~20h30 となります。
(定員まであと1名です)
詳しくはe-corのHPをご覧下さい。
なんとなく、詰っている。体も心も。
だから、ヨーガもなんとなく、なんとなく・・・
こういう時に、友達に話を聞いて貰うのって一種の浄化ができてありがたい。
それが、心や身体のケアに携わっている人だと尚更。
やっぱー、キネシやるかー。
とりあえず、サーフィンですか、ね。
気がついたら、普段なら絶対に手を出さなさそうなことをやることになっている、今年の夏。
「フランス語講師」より、「フランス語おたく」?
それもまあ、一興。
En face d'un grand dilemme
in extremis. (ぎりぎりのところで)
午前3時に朝帰りしてきたひと。茶色のでっかい野良猫に追い詰められ、だんごむしのようになっているところを発見、危機一髪で救助される→即シャンプー、という予想を裏切らない展開でした。
本日の新潟日報をごらんになった方に声を大にして言いますが、あの写真は3割り増し膨らんでます!誰がなんと言おうと、膨張してます!だから写真はキライなんだ・・・しかも、下から上へというアングルは一番女性が嫌うポジションじゃないですか・・・
アモールの生徒さんにも「なんかふっくら写ってましたね~」と言われる始末。
ダイエットしよ・・・。
「新聞、見ましたよ~」と言われる度に「み、見ないでよ!!」と飛び掛りたい衝動に駆られるも、ナント文庫設立のためには沢山の人の注目が必要になってくるし・・・という激しいジレンマに苛まれ、挙動不審な一日でした。
私が今、市に持ちかけている「ナント・ライブラリー」は、姉妹都市になるナント市に関連のある書籍・音楽CD・映画DVDを揃えて、新潟市民が、姉妹都市になるナントの街の風景や文化について気軽に触れることができるようにするというもの。
ナント市は芸術の面でもバランスよく有名人を輩出している都市で、有名どころで言えば、
文学はジュール・ヴェルヌ。
映画はジャック・ドゥミ。
音楽は、この間来たロワール管弦楽団もすばらしいですが、なんといっても(だじゃれでなく)「La Folle journée(熱狂の日)」発祥の地。更に、ポール・ラドミローというすばらしい作曲家もいます。
こういった人たちの作品を、ナントの風景を切り取った写真集(美しいものが沢山あります)と共にまとめてコーナーを作りたいのです
ナントにはシーザーの時代から続く長い歴史があって、その中には、宗教戦争に巻き込まれて集団殺戮の舞台になったこともあり、第二次世界大戦での「人質50人」の暗い思い出もあります。映画「水曜日は大忙し!」に描かれているように、覚せい剤のヤミ取引もあったりする街です。まもなく一周忌になりますが、日本人学生が不幸にも命を落とす事件もありました。
フランスという国は、私たち日本人にとっていつの時代も憧れの対象ですが、私たちが見ているものはほんの一部分でしかなく、リアルではないという感触があります。
ひとつの街の光と影を、現地に行かずに理解するというのは難しいかもしれませんが、興味を持って眺めることが相互理解の一歩となるのだとしたら、その機会を提供するのに図書館という媒体は最適なのでは。
新潟にはないもの、新潟と似ているもの・・・探していくことで、「新潟」や、そこに住む「自分」というヴィジョンをもう一度考え直す、「Renaissance」のきっかけになるといいな、と思っています。
プリズン・ブレイク
本日の筋肉痛。腹筋 全治1日
約4ヶ月ぶりの太極拳にて。
Salut ! Prison Break は見ていない まりです。
在フランス時から見ているのは、NCISとBONES。最近はあんまり見ていないNip/TuckとMedium。
NCIS、ギブスのちょっとはにかみさんな笑顔にきゅんとくるのよね~
という、FOXミーハーネタは置いておいて。我が家の猫は脱走する青春を突っ走っています。
現在も一人(一匹)行方不明。
事の発端は昨日。わりと車の通りの多い交差点の近くに住んでいるということもあって、うちの猫達には外出をさせません。よく近所で猫が轢かれたりしているので。けれど、うちの庭は近所ののら猫たちの通り道になっていて、3,4匹ほど遊びにやってきます。
猫同士の相性については何が決め手になるのか謎なのですが、相関図が作れる位に猫社会(ソシエテ)も色々あります。
さて、三男のmieux(ミュー)には喧嘩相手がいて、このライバル君がやって来ては窓を挟んでにらみ合ったまま口げんかをします(お互いににゃごにゃごと文句を言っている)。ところが、昨日は虫の居所が相当悪かったのか、ミューは猪のごとく突進し、網戸ごと外して外へ飛び出しました。
後で考えてみると、その時遊びに来ていた仲のいいライオン君(グレーの毛並みのとてもきれいな猫で、体が小さい)に、ライバル君がいきなり襲い掛かかるという反則行為をやってのけたので、むかっ腹を立てたよう。
とにかく、そのまま野生の血が沸騰したミュー子は、それから「探検ぼくの町」の旅に出て、2時間程して真っ黒になって帰ってきました。
紳士協定を破った脱走犯(!)は、兄弟による教育的指導があります。帰ってきて暫くは傍に寄ると威嚇され、近づくことを許してもらえません。
今回は特に次男marrant君がやたらピリピリしていたと思ったら・・・今日は彼が脱走したそうです。今のところ、通算で彼がブレイク最多賞になりますが、毎回何をやってくるのか、ドロドロでヘトヘトになって戻ってきます。即お風呂でじゃぶじゃぶ洗われることになり、一人異様にシャボン臭いので怪しい奴扱いされて、長男の虎徹に「くせぇんだよ!」と怒られ、シャンプーの香りが取れるまで数日間は許して貰えません。
家の塗装中というので、普段しっかりロックしてある網戸が外れたことが発端となって、なんだかごたごた・・・
「知る」というパラドックス
Je commence à m'embrouiller...
(わけわかんなくなってきた・・・)
土曜日のアトリエで、何気なく取り上げたのだけれど、いたずらに生徒の皆さんを悩ませることになってしまい、猛省しつついろいろと調べてみたんですが・・・
【connaître と savoir の違いについて】 (!以下、長く、多少専門的です)
これについて、特別な授業を受けた記憶がないのですが、いつの間にか自然に違いが身についていたのであんまり深く考えなかったことに気づきました。(語学学校などでは、初級レベルのクラスだとたぶん授業があるはずです。)
両方とも、辞書を引くと「知る、知っている」という意味が出てきますが、微妙な感覚の違いがあり、それが腑に落ちるには多少の経験が必要なものなのかもしれません。とにかく、ネイティブでさえ、違いがあるのはわかるけれどそれをきちんと説明するのが難しいのがこの二つの語。 フランス版Yahoo!知恵袋でも質問がでていたりします。(フランス語) http://qc.answers.yahoo.com/question/index?qid=20080603125003AAfb7JJ
「肌で感じる」いい説明がないものかと、ネットやら辞書やらをうろうろしました。
アトリエでみんなで辞書を調べた時、幾人かが挙げたのが、「connaîtreは節や動詞の原形を取れない」という点。
確かにこれは大きな違いで、例えば 「彼がフランス語を喋るということを知っている」という場合、 Je sais qu'il parle français. Je connais qu'il parle français.*
だし、「彼はフランス語を喋ることができる」という意味で「知っている」を使うのも
Il sait parler français. Il connaît parler français.* (*は誤法)
と、savoirのみ。
※connaîtreは普通CODを取り、節が使えるのはcelui que...の場合のみ。 Je connais celui qui parle français dans cette classe. このクラスの中でフランス語が喋れる奴がいるんだ(=このクラスの中のフランス語話者を私は知っている)。
これは、phrase complexe(複文)が作れるようになってくるとわかる文法上の違いで、意味論(sémantique)上で区別をつける方法ではありません。単文しかマスターしていない段階で「節が・・・」と説明されても、理解をするのはなかなか難しいはずです。私の場合、日本語の文法的説明は漢字だらけで混乱し、息が上がってくる(過呼吸)。
でも、フランス人の子供はpropositionとかinfinitifとか、文法上の決まりを全く把握していなくてもsavoirとconnaîtreを使い分けることができるんですから不思議!
フラYahoo!知恵袋で回答者が答えている中でちょっと面白いと思ったのが、「savoirをconnaîtreの上位に置く」という考え方。
connaîtreの元になっているラテン語”cognoscere”はフランス語で「apprendre à savoir(知ることを学ぶ)」。一方、savoirは語源が諸説あるけれど、"sapere" (avoir du goût 味がある)から来ているというのが定説(回答者の挙げているscireは間違った語源のようです)。「知ることを習得する」という意味の語源から考えると、connaîtreよりもsavoirの方がより主観的な意味合いがあるのでは・・・と思っていたら、わかりやすい説明に出会いました。
定義から見ていくと、 connaître は知る対象が外にあること、それに対し、 savoir では知る対象が内部に取り込まれることが相違点であるようです。この違いに気づくと、 savoir の持つ「できる」に近い意味、 je sais nager (私は泳ぐことができる)が泳ぐ技術を内に取り込み、能力として実践的に運用することができるというつながりで理解することもできる。人を目的語とする時に、 connaître が好まれるのは、人は主体の外部に存在し、容易に内部化できないことと関係があるでしょう。
一外国人として、私自身の感覚というのはとても危うくて、誤用している場合もあるので慎重に調べる必要があって、例えば
Tu connais l'adresse de Julie ? (ジュリーの住所知ってる?) 厳密にはこれはsavoirを使うべきなのでしょうが、結構connaîtreが使われているような気がします(実際、ネット検索をかけると出てくる)。
これを説明するのに、もうひとつ抜粋
Il est remarquable que « savoir » ne s'emploie guère avec les personnes et qu'il ne montre, en pareil cas, qu'une connaissance superficielle : « Je sais une femme qui a guéri de cette maladie » indique que je connais son nom et quelques détails sur sa personne, c'est tout ; « je connais une femme » marque une connaissance plus approfondie, même sans aller jusqu'au biblique : « Adam connut Ève et elle enfanta Caïn ». Avec les choses on pourrait tenter une distinction analogue et justifier la différence entre « savant » et « connaisseur ». savoirは人に使われることがあまりなく、使われた場合は表面的な面識しか表さない。「この病気が直った女性がいる(savoir)」は、「私」がその女性の名と、彼女について多少のことを知っている、ということを示すだけに止まる。一方、「私はある女性を知っている(connaître)」は、深い面識があることを指していることは、聖書の例(「アダムはイヴを知り、彼女はカインを身篭った」)を出さずとも明確だ。(※connaîtreは「(性的に)女性を知る」という意味もある) これらのことから、類義の区別を試みることも可能だろうし、「賢者、学者(savant)」と「玄人、鑑定人(connaisseur)」の違いを裏付けることも可能になる。
感覚的に、connaîtreの方が「人」を意識した意味になっているので、上記の「アドレス知ってる?」の場合も、ジュリーという人物とある程度親しいという意味が暗に含まれて、ついconnaîtreを使ってしまうのかもしれません。 connaîtreは、共同、集まりを表す接頭のco-とnaître(生まれる)の組み合わせで出来ているというのも、「人」、「対面」というキーワードをもつ所以かもしれないですね。 参考:
- http://groups.google.com/group/fr.lettres.langue.francaise/msg/514614808805e848?hl=en&lr=&ie=UTF-8&safe=off&rnum=3
- http://www.lesensdesmots.com/
- http://www.prima-elementa.fr/Dico.htm
- Le Nouveau Petit Robert 2008
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 ところで、このconnaîtreとsavoirをFLE(フランス語教授法)関連で調べようとググったら、いきなりLautréamont à l'épreuve du F.L.E.というドシエが出てきました。ここで取り上げるのは個人的にあざとい気がするので(笑)やめておきますが、主に外国人向け仏語の授業で「マルドロールの歌」を題材にするというのはかなり個性的で強烈です。この授業をやったクラスは次の週には、生徒全員、爪が長かったりして。 ただ、supportとして使われているHubert de Phalèse氏のサイトはすごい。ハイパーテクストって何かと思ったら、ロートレアモンの作品がただデジタル化されているだけでなくて、一語一語に辞書へのリンクが貼ってあって、意味がわからなければクリックすればいいようになっているのにはびっくりしました。辞書もフランス語なのがminceかな。
幸せのありか
大興奮。
いいわけ。
昨日はJugemでサーバー障害が起きて、管理者ページがわけのわからないことになっていたので更新できませんでした。
見に来て下さった方、ごめんなさい。
サイトがリニューアルされて以来Ouestfrance関連のサイトは外国からのアクセスをはねるようになってしまったらしく、よく見ていたNantes ma villeサイトも全く見られなくなっていました。
超ローカルサイトを外国からわざわざ見に来る人も少ないんだろうけど、jpついてるだけで完全ブロックはひどい。ぷんぷん。
ふと思いついて、プロキシ経由(ベルギーのIP)で入ったら、反映に時間はかかるけれどアクセスできるようになりました。
思わず「Ca y est(サイエ)!!」と叫ぶ。約一年ぶりに見たA la une。もっとこの方法に早く気づけばよかったー!
フランス語でMemoryは神経衰弱のこと。
火曜日のアトリエで、新しく手に入れたMemoryをやったのですが、かなりの盛り上がりでした。
一応、対象年齢3歳から。
もちろん、ただの神経衰弱ではなく、カードをひっくり返す時には「le poisson et la petite fille」と、カードの絵を言わなければなりません。ボキャブラリーを増やすだけでなく、冠詞と組み合わせる訓練もできて、もしカードが揃ったら「Ca y est!」を叫ぶ、というルールなので、自然にフランス語のフレーズを口にすることができます。
初めは、慣れていないので大根役者のような棒読みで「えーと、サイエ・・・」と言っているのですが、だんだんそう言うのが「あたりまえ」になってくると、本当に「やった!」という感情と共にCa y estを言うことができるようになっていました。
何度も同じ絵を捲っていれば、単語も知らず知らず覚えてしまいます。
「覚えた!」とか「記憶に定着した」という状態はいつ、やってくるんだろう?
以前から考えていたことなのですが、「あたりまえになった時」なんじゃないか、という考えにたどり着きました。
その言葉を使うのが当たり前だと認識した時に、「自分のもの」になるという経験ができます。
だとすると、逆もまた真になります。つまり、「これがあたりまえなんだ」と自ら捉えることで、新しいものを自分の中に定着させてしまう。自分で自分に暗示をかけるような感じですが、これが案外馬鹿にできないテクニックなんです。
「私は知っている」と思うと、脳みそも「あれ、知ってるんだっけ?」って釣られてしまうので。
よく、スピリチュアルな本やWEBで見かけるのが、「幸せになりたいなら、幸せでありなさい」という言葉。一見謎かけのようなこの言葉の意味を、ずっとわかるようでわからない、もやもやした思いを抱いて眺めていました。でも、「あたりまえ」のシステムに気づいた時、あ、そういうことか、と妙に腑に落ちたのでした。。。
覚えたいなら、覚えていると信じること。
なんか、新手の宗教みたいになって来ましたので、今日はこのへんで。
entité
絢爛。
クジャクサボテンが花を開くとき、いつも息を呑む。
どうやったらこんな深い色がだせるんだろう。
『クレヨン王国』だ。
弱い、弱い、わたしの心。
respiration
doucement, doucement...
力んで発音がこんぐらかる私に、「息をはいて、はい、ふーっ」と、奴は言う。
一緒にふーっ、ふーっとやっていると、くやしいけれど落ち着いてくる。
87%はバカで構成されていると思っていたけれど、そういう時だけはちょっとぐらりとした。
考えてみれば、あいつも、あたしも、バカだった。ほんと。
なんとなく、思い出したこと。
家の外壁塗装も山場を迎え、家に居ると軽くラリって来る今日この頃。
「いんや~、ホワイトハウスになったんねぇ!」
と、顔を見る度に塗装屋の親父さんは言う。とっておきのジョークなんだろうか。
塗装屋さんは雨が降ると働けないので天気情報に詳しい。お天気おじさん並に詳しい。
明日新潟市は80%の降水確率だそうです。
日本を離れてから、日本の雨が好きになった。
日本の晴れも、日本の雪も、風も、闇も。
明日から徐々に早起き目指そう。