食事当番だった(外での仕事がない曜日担当)昨日、夕飯の買い出しに行こうという頃、空が怪しくなってきた。その1時間前にもバラバラと大粒の雨が落ちてきて、ふい、と飽きたように止んでしまったばかりで、夫君の母が窓の外を見ながら、「なんだか怪しいよ」と言っていた。 「こういう時、必ず降られるんだよなぁ、わたし。」
いわゆる「雨女」というのとはちょっと違う。降るかもね、降るかもしれないね、と思いながら手ぶらで出て、かなりの確率でびしょぬれになるタイプなのです(危機管理能力がないだけか)。実家の母なんかは真逆で、ざんざか降っている日の雨の小休止の時にちょうど移動できてラッキー、ということが多い。
ここに越してきてまもなく、まだ道もよくわかっていなかった頃、そんな感じの空を見上げながら図書館に徒歩で出かけた。家からひとりで行くのは初めて。教えてもらった通りの道順といっても、この街は寺町で、橋やら一方通行やら細い路地がうねうねしているので、迷うことも考え、用心して雨具を持って出た。家から数十メートルすすんだところで、案の定ポツポツと振り出し、用意していた傘を開く。そのまま、大きな川を渡る橋まで、まっすぐ進めば良いはずだった。
土手まで出た所で、ポツポツは驟雨に変わった。目の前の川がよく見えないくらいの。右を見ると、大分先に橋がかかっている。左を見ると、まるで相似形のように同じ位の距離で橋がかかっていた。異界に迷い込んでしまったかと、一瞬息を飲む。とりあえず、雨宿りできそうな建物のある左に走り、煙っている目前の風景に、しばらくことばを吸い取られて立っていた。
少しずつ雨の粒が見え始めて、やがて夕日が戻ってきたところで、橋をわたったものの自分がどこにいるのかさっぱりわからない。やみくもに歩いていたら、携帯電話が鳴った。夫君の母だった。
「まりさん、どこにいるの?大丈夫だった?今、私図書館の前にいるんだけども、ここまで車で走って追い越さなかったから、ひょっとして迷ってるんじゃないかと思って。」
雨が降り出してから、おかあさんは慌てて車で私を回収しようと追いかけたらしい。どうやら、右の橋を渡らなければならなかったよう。傘があるものの、下半身ずぶぬれになりながら、よろよろと図書館にたどり着いた私を確認して、おかあさんは仕事の準備へと戻って行ったのだった。
そういうことがあったなぁと、買い物を終えて出入口まで来たら、あの時とほぼ同じような勢いで雨がどしゃどしゃ降っていた。ひょっとして、と、電話を見ると、おかあさんからの着信履歴があった。電話をかける。
「降ってるね。」出るなり、笑いをくつくつと堪えるように言った。 「降ってるね。」 「傘持って迎えにいこか?」 「うーん、様子見て、上がらないなら百均で買って帰るよ。」 「そーね、それがいいかもね。」
売り場に戻り、野菜のコーナーに行く。
レタスが安かったのだが、棚にもう数個しなびたのが残っているだけで、どうしようかな、と品定めしていたら、隣で同じように思案していたおばさんが、
「あんた、そっちよりこっちにしなせ。」
どん、と一玉差し出して来た。
「でもこれ、見かけ大きいけど中身はスカスカじゃない?」 「他のもみんなそうだから、これが一番マシ。」
おばさんは、野菜の神様のように断言する。と、青果の搬入口から店員の兄ちゃんがゴロゴロと野菜の箱を積んで出てきた。たぬきのような丸い体のおばさんはイタチのようにするり、と店員の前に立ちはだかり、
「あんた、これからまたレタス積むんでしょ。」
おばさんの迫力に、イエスと言わなければ身が危ないと感じた店員さんは
「あ、はい」
と、いそいそと返事をした。
「それじゃ、ひと周りしてまたあとで。」
と私に指令を出すと、おばさんは行ってしまった。 わたしは大人しく売り場をひと周りしてレタスを買い、百均で水玉模様の傘を買うと、じゃぶじゃぶ雨の中を帰った。